HOME/CINEMA/TV DRAMA/ 2025-12-27

ドラマ『ちょっとだけエスパー』

「野木亜紀子×大泉洋」の化学反応は、混ぜるな危険の劇薬でした。笑って泣いて、最後に世界を愛したくなるSF珍道中。

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SCORE
RANKA

60秒で結論買うべき?観るべき?

GOOD

野木脚本の真骨頂である「社会風刺とエンタメ」の絶妙なバランス

BAD

SF設定のガバガバ具合を「味」として許容できるかに懸かっている

「野木亜紀子」というブランドに、またしても平伏す

放送前、正直不安でした。 「中年がちょっとだけエスパーになる? なにその出オチ設定」と。 大泉洋さんの無駄遣いになるんじゃないか、という懸念は、第1話のラストで粉々に砕け散りました。

一見ふざけた設定の裏側に、現代社会の閉塞感や、人との繋がりの希薄さを鋭利な刃物で忍ばせている。 笑っているつもりが、いつの間にか自分自身の生きづらさを言い当てられているような感覚。 「アンナチュラル」や「MIU404」で私たちを熱狂させたあの手腕は、SFコメディという荒唐無稽な箱庭でも健在どころか、暴走気味に進化していました。 最終回を見終えた今、ロスで呆然としています。 「世界を救う」なんて大それた話が、まさか「隣の人と手を繋ぐ」という最小単位の物語に収束するとは。 やられました。完敗です。

大泉洋が演じる「情けないおじさん」は国宝級

このドラマの勝因の半分は、主人公・文太のキャラクター造形にあります。 人生に行き詰まり、突然変な能力を持たされ、理不尽なミッションに振り回される中年男性。 これを大泉洋に演じさせるのは、もはや反則でしょう。

「なんで俺が!」とボヤきながらも、放っておけない優しさ。 その哀愁とコミカルさの塩梅が絶妙すぎて、フィクションなのに「隣の席に座っている課長」のような実存感があります。 彼が汗をかき、恥をかきながら奔走する姿を見ているだけで、なぜか涙腺が緩んでくる。 カッコいいヒーローなんて一人もいない。 でも、泥臭くあがく人間こそが、実は世界を回しているのだというメッセージが、彼の背中から痛いほど伝わってきました。

BEYOND THE 60 SECONDSここから先は、深掘りレビュー。
Technical Review

脚本の魔術:ふざけた設定に宿る「社会派」の魂

野木亜紀子脚本の恐ろしいところは、視聴者を油断させておいて、急所を突いてくるところです。

評価項目評価
脚本・構成神懸かっている
キャラクター愛すべき変人たち
SF設定B級(褒め言葉)

【解説】 「触れている間だけ心が読める」という地味すぎる能力。 当初はコメディのギミックとして消費されていましたが、中盤以降、これが「他者を理解することの難しさと尊さ」というテーマに直結していきます。 SNSで安易に人の心分かった気になる現代人への、強烈なアンチテーゼ。 「触れる」という行為が持つリスクと温もりを、これほど多角的に描いた作品がかつてあったでしょうか。 ふざけたミッション(Bit5の指令)の一つ一つが、実は社会問題(貧困、孤独、差別)のメタファーになっている構造も見事。 「考察」なんて野暮なことをする暇があれば、そのメッセージを浴びろと言いたいです。

宮﨑あおいという「静かなる爆弾」

ヒロインの四季を演じた宮﨑あおいさんの存在感も、特筆すべき点です。 大泉洋さんが「動」なら、彼女は徹底した「静」。 しかし、その静けさの中に、マグマのような感情を秘めている。

文太との「仮初めの夫婦生活」における、絶妙な距離感の会話劇。 セリフで説明するのではなく、視線の動きや、食器を置く音で感情を表現する演技力には唸らされました。 特に第8話、ある事実が明かされた時の彼女の表情。 あれだけで、このドラマのジャンルが「SFコメディ」から「極上のラブロマンス」へと書き換えられました。 「人を愛してはならない」というルールの意味が分かった瞬間、テレビの前で絶叫した視聴者は私だけではないはずです。

SF設定の「ガバガバ」具合を楽しむ作法

あえて苦言を呈するなら、SFとしての設定はかなり緩いです。 「Bit5」の正体や、能力の起源についての説明は、ハードSFファンが見たら激怒するレベルで曖昧です。 しかし、このドラマにおいて、そこを突っ込むのは無粋というもの。

「細かい理屈はどうでもいい、大事なのは『今、ここにある感情』だ」 作り手は明らかにそう割り切っています。 チープな特撮や、昭和のコントのようなSE(効果音)も、あえて「作り物感」を出すための演出でしょう。 このリアリティラインの低さを「遊び心」として楽しめるかどうかが、評価の分かれ目になります。 私は途中から、この緩さが心地よい湯加減に感じられ、むしろ愛おしくなりました。 完璧な世界観構築よりも、歪でも熱い人間ドラマを選んだ潔さに拍手を送りたい。

最終回:すべての伏線が「愛」に集約する

全9話を通して描かれたのは、結局のところ「人は一人では生きられない」という、使い古された真理でした。 しかし、それをここまで遠回りして、奇想天外なルートで証明されると、新鮮な感動として胸に刺さります。

ラストシーン、文太が出した答え。 それは、世界を救うための英雄的な決断ではなく、もっと個人的で、エゴイスティックで、だからこそ人間らしい選択でした。 「ちょっとだけエスパー」にしかなれなかった彼が、最後に手に入れたもの。 それを見た後、きっとあなたは、大切な誰かの手を握りたくなるはずです。 (あるいは、明日から電車で隣に座ったおじさんに、少しだけ優しくなれるかもしれません)

結論:野木信者も、大泉ファンも、全員集合

「最近のドラマは似たり寄ったりでつまらない」。 そんな風に斜に構えている人にこそ、見てほしい作品です。 予定調和を破壊し、感情を揺さぶり、最後には温かい毛布で包んでくれるような体験。

80点。 SF設定の緩さでマイナスしましたが、満足度は100点満点です。 見終わった後、タイトルの「ちょっとだけ」という言葉が、どれほど深い意味を持っていたかに気づき、二度泣けます。 年末年始、一気見推奨の傑作です。 ただし、見始めると止まらなくなるので、寝不足覚悟で挑んでください。 文太のボヤきが、あなたの日常のBGMになること間違いなしです。

作品情報

時間全9話
視聴難易度低い
家族向け推奨
配信NHK
小林 祐太
WRITTEN BY

小林 祐太

TV60編集長。脚本構造と映像技術の分析に基づいた『構造批評』を得意とする。ガジェットレビューでは、スペック数値よりも『生活への定着度』を重視し、最低1ヶ月以上の実使用を経た上での評価を徹底している。

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