映画『TENET テネット』
「理解しようとするな、感じろ」。ノーラン監督からの挑戦状は、脳みそが沸騰するほどの快感と疲労を約束します。
開始10分で「知能指数」が足りないと悟る
クリストファー・ノーラン監督の新作を観るということは、一種の知的格闘技に参加するようなものです。 しかし、今回はリングに上がった瞬間にKOされました。
冒頭のオペラハウスのシーンから、圧倒的な音圧と映像の奔流に飲み込まれます。 「なんか凄いことが起きている」というのは分かる。 でも、「何が起きているのか」が致命的に分からない。 順行する時間と、逆行する時間が入り乱れる世界。 スクリーンを見つめながら、自分の脳みそがショートして煙を吹いているのが分かりました。 (字幕を読むのに必死すぎて、動体視力が鍛えられました)
正直、中盤あたりでストーリーを完全に理解することを諦めました。 「これは論文じゃない、アトラクションだ」と割り切った瞬間、この映画は化け物になります。
逆再生ビデオを見ているような「気持ち悪さ」の快感
この映画の最大の魅力は、アクションシーンの「違和感」にあります。 普通に殴り合っているはずなのに、何かがおかしい。 倒れた人が起き上がり、銃弾が銃口に戻っていく。
まるで、誰かがリモコンの「巻き戻しボタン」を悪戯に押しているような映像。 それが、現実の風景の中でシームレスに行われるため、脳がバグを起こします。 「気持ち悪い、でも目が離せない」。 この生理的な違和感を、莫大な予算と最新技術で「超大作」に仕立て上げる監督の変態性(褒め言葉)には脱帽です。 ストーリーが分からなくても、この「見たことのない映像」を浴びるだけで、チケット代の元は取れます。
時間逆行という「発明」の罪と罰
ノーラン監督は常に「時間」を操ろうとしてきましたが、今回はついに一線を超えてしまいました。 CGを極力使わず、実際に逆再生の演技や逆走する車を使って撮影したという狂気。
| 評価項目 | 評価 |
|---|---|
| 映像体験 | Sランク(未体験) |
| 脚本の難易度 | 鬼畜 |
| 音響 | 爆音 |
【解説】 映像の革新性は文句なしの満点です。 しかし、その設定を説明するためのセリフ量が尋常ではありません。 登場人物たちが早口で物理学講義を始めるたびに、観客の頭上に「?」マークが浮かぶのが見えました。 「エントロピー」とか「時間の挟み撃ち」とか、厨二心をくすぐるワードは最高ですが、それを映画のテンポの中で理解させるのは土台無理な話。 この映画は、観客に対し「ついて来れる奴だけついて来い」という、とてつもなく傲慢な態度を取っています。 でも、その傲慢さがカッコいいから悔しい。
音響が「暴力」として襲ってくる
この映画を映画館(特にIMAX)で観るべき最大の理由は、音響にあります。 ルドウィグ・ゴランソンによるスコアは、音楽というよりは「環境音」や「ノイズ」に近く、それが腹の底にズシズシと響きます。
心臓の鼓動のような重低音が、常に緊張感を煽り立てる。 銃声や爆発音が、鼓膜を直接叩くような鋭さで迫ってくる。 静かな会話シーンですら、背景に流れる不穏な音が「安心するな」と囁きかけてくるようです。 この音の洪水に溺れる感覚は、家庭のテレビやスマホでは絶対に味わえません。 (耳栓を持って行こうか迷うレベルですが、その痛みがまた快感なのです)
バディムービーとしての「萌え」
難解なSF設定の裏で、実は王道の「友情物語」が展開されていることにも注目すべきです。 名もなき主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)と、相棒のニール(ロバート・パティンソン)。 この二人の関係性が、物語の鍵を握っています。
最初はビジネスライクな関係に見えますが、物語が進むにつれて(あるいは時間が戻るにつれて)、二人の絆の深さが明らかになっていく。 特にラストシーンでのニールのセリフ。 あれを聞いた瞬間、それまでの難解なパズルが全て「感情」というピースで埋まりました。 「ああ、これは壮大な愛の物語だったのか」と。 物理学で頭を殴られ続けた後に、唐突にエモーショナルな抱擁をされたような気分。 このツンデレな構成に、多くの女性ファン(と一部の男性ファン)が沼に落ちたのも納得です。
「2回目」が本当のスタートライン
『カメラを止めるな!』とは別の意味で、この映画も2回目が必須です。 1回目は「何が起きたのかを目撃する」ための周回。 2回目は「伏線を確認し、意味を理解する」ための周回。 そして3回目でようやく「映画として楽しむ」ことができる。
まるでスルメのように、噛めば噛むほど味が出る、というか味が変わる映画です。 ネット上の解説サイトや考察動画を見漁り、「あそこはそういうことだったのか!」と膝を打つ時間も含めて、この作品の体験と言えるでしょう。 ただ、それを「不親切」と捉えるか、「知的遊戯」と捉えるかで評価は真っ二つに分かれます。 私は喜んでこの迷宮に迷い込みたいタイプですが、手軽なエンタメを求める人には「時間の無駄(文字通り)」になる危険性も孕んでいます。
結論:脳筋になれ、さもなくば博士号を取れ
この映画を楽しむコツは二つに一つ。 物理学の博士号を持って挑むか、あるいは思考を放棄して「すげー!」と叫ぶだけの脳筋になるか。 中途半端に考えようとすると、泥沼にハマります。
82点。 映画史に残る映像体験であることは間違いありませんが、あまりにも観客を突き放した作りは、評価が分かれるところ。 ただ、見終わった後、回転ドアを見るだけでちょっとワクワクしてしまうような「後遺症」を残すあたり、やはりノーランの術中にハマってしまったのだと認めざるを得ません。 とりあえず、これから観る人は「順行」と「逆行」を見分けるために、登場人物のマスクの有無だけは注視してください。 それが命綱です。
作品情報

小林 祐太
TV60編集長。脚本構造と映像技術の分析に基づいた『構造批評』を得意とする。ガジェットレビューでは、スペック数値よりも『生活への定着度』を重視し、最低1ヶ月以上の実使用を経た上での評価を徹底している。
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