映画『カメラを止めるな!』
「席を立たなくてよかった」。冒頭37分の苦痛を耐え抜いた者だけが得られる、映画史に残る極上のカタルシス。
開始30分、「ハズレ映画」を引いたと確信した
正直に告白します。 映画が始まってしばらくの間、私は「帰りたい」と本気で思っていました。
手ブレのひどい映像、噛み合わない会話、微妙な演技、そして漂うチープなB級ゾンビ映画の匂い。 「話題作だと聞いて来たのに、とんでもない地雷を踏んだのではないか?」 そんな疑念が頭をよぎり、時計をチラチラ見てしまう自分がいました。 画面酔いで少し気持ち悪くなりながら、「これが『傑作』とか言ってる奴らは、集団催眠にでもかかっているのか?」と、世間の評価を呪いました。
しかし、声を大にして言いたい。 「絶対に、席を立つな」と。 その不快感、その違和感、その「つまらなさ」。 すべてが計算された「罠」だったと気づいた瞬間、背筋に電流が走ります。 この映画は、観客の「ナメた態度」を利用して、最後に強烈なアッパーカットを叩き込む、とんでもない策士です。
後半、すべての「違和感」が「快感」に化ける
中盤のある地点を境に、世界が一変します。 さっきまで「ゴミ」だと思っていたシーンが、突然「宝石」のように輝き出す。 「あそこ、なんであんなに間が悪かったんだ?」 「なんでカメラがあんな動きをしたんだ?」 そんな些細な疑問符たちが、怒涛の勢いで「ビックリマーク」に変わっていく快感。
映画館でこれほど笑い、そして最後に少しホロリとさせられるとは予想もしませんでした。 これは単なるゾンビ映画ではありません。 「ものづくり」に対する、狂気じみた愛と情熱の物語です。 エンドロールが流れる頃には、冒頭のB級映像さえ愛おしく見えてくる。 この魔法にかかるためだけに、映画館に行く価値があります。
低予算が生んだ「アイデア」という名の怪物
本作の製作費はわずか300万円と言われています。 ハリウッド大作のケータリング代にもならないような金額です。 しかし、この映画は「金がないなら知恵を使え」という言葉を、物理で殴ってくるような強度で体現しています。
| 評価項目 | 評価 |
|---|---|
| 脚本・構成 | 天才的 |
| 映像クオリティ | 意図的なDランク |
| 伏線回収 | 神 |
【解説】 映像美やCG、派手なアクションといった「金で買えるクオリティ」は皆無です。 むしろ、そこを逆手にとった演出が光ります。 「制限があるからこそ生まれる工夫」が、そのまま映画のプロットとリンクしている構造が見事としか言いようがありません。 脚本の構造自体が、一種のパズルゲームのようになっており、観客はピースがハマっていく様子をリアルタイムで目撃することになります。 「高画質=良い映画」という固定観念を、あざ笑うかのように粉砕してくる痛快さ。 アイデア一つで世界は変えられるのだと、作り手の魂が叫んでいるようでした。
「無名」であることが最強の武器になる
この映画には、いわゆる「スター俳優」は一人も出ていません。 公開当時は無名のキャストばかり。 しかし、これこそが本作最大の勝因です。
もし、主人公が有名な大御所俳優だったら? ヒロインが今をときめくアイドルだったら? あの冒頭の「リアリティのあるB級感」は出せなかったでしょう。 彼らが「どこにでもいそうな人々」に見えるからこそ、後半の展開が切実に響いてくるのです。
役者の知名度やオーラに頼らず、脚本と演出、そしてチームワークだけで勝負する。 これは、昨今の「キャストありき」で企画される商業映画への、強烈なアンチテーゼでもあります。 特に、しがない映像監督を演じた濱津隆之さんの、あの困り顔。 あれは演技を超えた、哀愁そのものでした。 「必死に生きる普通の人々」の滑稽さと愛らしさを、これほど見事に体現できるキャスティングは奇跡と言っていいでしょう。
映画作りへの「愛」という名のラブレター
ネタバレを避けるために抽象的な表現になりますが、この映画のテーマは「ゾンビ」ではなく「映画そのもの」です。
一つの作品を作り上げるために、どれだけの人間が汗をかき、トラブルに対処し、妥協し、それでも前を向いているか。 スクリーンの裏側にある「戦場」のような混沌。 それをコメディとして描きながらも、作り手たちへの温かいリスペクトが溢れています。
私たち観客は普段、完成された綺麗な映像だけを消費しています。 しかし、その裏には、泥臭くて、情けなくて、でも最高に熱いドラマがある。 後半、登場人物たちが必死になればなるほど、私たちは爆笑し、そして胸が熱くなります。 それは、彼らの姿に、何かに打ち込んだことのある自分自身の記憶を重ねてしまうからかもしれません。 「映画って、やっぱりいいな」。 見終わった後、素直にそう思わせてくれる、最高にハッピーな映画愛に満ちています。
2回目が「別の映画」に見える魔法
この映画の恐ろしいところは、結末を知った上でもう一度観たくなることです。 通常、どんでん返し系の映画は「ネタバレ厳禁、初見がピーク」であることが多いです。 しかし本作は違います。
2回目、冒頭の「あの酷い37分」を観た時、あなたは全く違う感情を抱くはずです。 「ここでこんな苦労があったんだな」 「この時のあの表情は、そういう意味だったのか!」 初見では「不快なノイズ」だったものが、2回目では「愛すべき奮闘の証」に見える。 視点が変われば、世界が変わる。 その体験自体を作品の中に組み込んでいる点が、極めて秀逸です。
Filmarksのスコアが3.8(高評価)なのも納得ですが、個人的には、この「体験のデザイン」に対して、もっと高い点数をつけてもいいのではないかと思います。 ただし、映像的なチープさは否めないので、そこを厳しくジャッジして78点としました。 (気持ちとしては120点をあげたいくらい、大好きな作品ですが)
結論:最初の30分を「耐える」覚悟があるか
この映画を楽しむための条件はただ一つ。 「冒頭がつまらなくても、絶対に再生を止めない(席を立たない)忍耐力」です。 それさえあれば、あなたは人生で5本の指に入るであろう、最高のエンターテインメント体験を約束されます。
逆に言えば、最初の数分で判断してチャンネルを変えてしまうような、せっかちな人には向いていません。 これは、信じて待ち続けた人だけに贈られる、極上のご褒美です。 騙されたと思って、最後まで観てください。 そして、見終わった後、誰かに「あの映画、ヤバかったよ」と語りたくなる衝動に身を任せてください。
作品情報

小林 祐太
TV60編集長。脚本構造と映像技術の分析に基づいた『構造批評』を得意とする。ガジェットレビューでは、スペック数値よりも『生活への定着度』を重視し、最低1ヶ月以上の実使用を経た上での評価を徹底している。
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